高校生の夏休み・合宿4日目一騒動あった闇カレーを皆で頬張った後、自由時間となった。
これが合宿最後、今年の夏最後の自由時間だ。
海辺でカレーの後片付けをしながらも、生徒達はそれぞれに哀愁めいたものを感じている。
「おなか一杯食べたし、みんな、花火でもやろっか!!」
マグネシウムリボンを握りしめ、ナコが皆に声をかけた。
「……というわけで、合成よろしく、碧♪」
「そのマグネシウムリボン、なんで行く前にコンビニから買い占めているのかと思ったら、そういう訳だったのか……。」
碧はひとつ大きなため息をつくと、メガネの位置を直して口を開いた。
「分かったよ。マグネシウムリボンならいい花火が出来ると思うし。」
そう言って、ナコの手から素材の束を受け取って作業にとりかかる。
「あ、ちまちました花火だけじゃ嫌よ!打ち上げ花火とか、吹き上げ花火とか、派手なのも作ってね!!」
「はいはい、分かっ……って、ナコちゃん安全面とか考え……熱っ!」
合成の途中で集中が乱れたか、碧の手元のマグネシウムリボンが火花を散らす。
熱さで我に返った碧は、今度はテンポよく皆のリクエストに応じた花火を作っていった。
そして、思い思いに浜辺で花火を楽しむ高校生(+α)。
合宿のラストに相応しく、しみじみと時は流れていく。……一部を除いて。
「やっぱり花火の華は、打ち上げ花火と吹き上げ花火よね!!」
前にも同じような言葉を言ったかもしれないが、ナコの辞書に『
自重』という文字はない。
学級委員長、梶井とニラ子が静かなる線香花火バトルを展開している横で、
手一杯の吹き上げ花火と打ち上げ花火を抱えている。
「私のオススメの楽しみ方は、まず吹き上げ花火の二本持ちね。あとは打ち上げ花火を……こうするの!!」
そう言ってナコは、導火線に火のついた打ち上げ花火を放り込んだ瓶ごと海側に蹴り倒した。
パァンと小さな音をたて、水辺スレスレに飛び出した火玉がはじけ飛ぶ。
「どの軌道に花火が飛ぶのかが楽しみなのよねぇ〜……と、おや?」
弾けた花火の先では避けようとした知視が、勢い余って海の中で尻もちをついていた。
「流石にやりすぎたかな……まぁ過ぎたことは気にしないことにして。」
――スルーするところではないだろう、そこは。
梶井達とは反対側の隣にいた碧が心の中で呟いたが、
自分の考えはしまっておいて自作の線香花火に集中することにした。
「あとは、花火で人を追いかけるのもデフォ。さぁ、犠牲になるのは誰だ!?」
ナコはニヤリと笑うと、控え目に線香花火などを楽しんでいた集団に近づいてゆく。
さすがにこれは危険と感じたか、碧は自分の線香花火を放り出して、ナコの背後を追った。
「ナコちゃん、それはいくら何でも駄目だから!!花火を人に向けないように……」
そう言ってナコの腕を引っ張る。
その時、ナコの持っていた吹き上げ花火の火花が碧に容赦なく浴びせられた。
「っ熱!!熱い熱い!!だから、人に向けちゃ駄目だって!!」
「ちぇーっ。碧はつまんないわねぇ。」
唇を尖らせながらも、ナコは火力の弱まった吹き上げ花火を砂地で踏みつぶした。
ナコが持っているもう一方の吹き上げ花火が輝きを失う頃には、皆はもう花火を片付け始めている。
置いてけぼりの感のある二人は、慌てて片付けの人の輪に混ざっていった。
★★★
「ナコちゃん、女子部屋でこれから過ごすんだよなぁ……」
部屋着を作ってくれとナコにせがまれ、簡易浴衣を手渡した帰り道、
いつの間にか甚平に着替えた碧は、ぼんやりとこんな事を考えていた。
――何か口実を作って、会いに行ってみては?
頭の中の悪魔が、そっと囁く。
「いやいやいや!!いくらなんでもそれは駄目だから!!」
今日何度言ったか分らないフレーズで自分に喝を入れつつ、男子部屋への道を歩いていた。
男子部屋の外では何やら相談事のように、男ばかりが何人も集まっている。
「……え?女の人たちの部屋に遊びに行く?」
男子の集団の中から飛び出したその言葉に、
自分の考えを見透かされたような気がして碧は急ぎ集団に参加した。
「うん、人数が多い方が楽しいんじゃない? 皆も誘ってお喋りしようよっ!」
無邪気な声を発しているのは、いつもの笑顔にしっぽをぱたぱたと振っているABCDである。
口ごもってはいるものの、誰も異を唱えるものはいない。
「………え、じょ、女子の皆さんの部屋へですか? あ、いえ、その、いいんじゃないでしょうか……」
今まで脇役に徹していたはずのエゼも、頬を赤らめながら頷いた。
ABCDとは明らかに違う、意味深な間があったのは否定できないけれども。
「あ……僕も一緒に行こうかな。いや、やましい気持ちなんて、全然ないからね!!」
自分で自分を納得させるように、碧も続く。言われるまでもなく方便に他ならないのだが。
結局何人かの男子生徒達が、女子部屋を訪ねることになった。
先頭をきっているのは、恐らくこの中で一番純粋なABCDである。軽快な足取りで廊下を進んでゆく。
他の男子達はやましい気持ちがあるからか、どこかビクつきながら歩いていた。
しかし、到着した女子部屋には誰もいなかった。
エゼをはじめとして無人の女子部屋を確認すると、無言のまま部屋内の物陰にこそこそと隠れだした。
「って、なんで皆そこで隠れているんですか?!これって軽く犯罪じゃないです?」
とりあえず突っ込んでおく碧だが、自分もあわせて隠れている所からして彼も人のことは言えない。
「しっ!誰か来た!!」
そう発したのは、誰の声だったか。誰何の声に合わせて男性陣は身を強張らせる。
しかし、人影を凝視して『何か』に気付いた碧は、緊張を解いた。
「と、知視さん?」
「あれ、皆さんここに居られたんですか……って、何かちょっとがっかりしたような表情に見えるのは気のせいでしょうか?」
そりゃあそうである。
――
お前かよ!!この場にいる男子全員(ABCDは除く)が、このように心の中で叫んだのだから。
『整った顔』というものは案外不便なものなのだなぁと、自分も女顔であるはずの碧ですら思ったほどである。
「あ、女子の皆さんも帰ってきたみたいで……」
「隠れて!!」
緊張感のない知視をひっつかみ、碧は無理やりにでも物陰に引きずり込んだ。
女子の声はだんだんと近づいてくる。それとともに、男性陣の心拍数も上がってゆく――
「あ、こんばんは。あのねぇ、今 皆で――」
「ABCDさん、何無防備に外に出ているんですか!これじゃあ……」
その時碧は気がついた。無謀な勇者を諌めようとした自分が、
一番大きな地雷を踏んでしまったということに。
「……アレ?ナコちゃん??」
不気味な沈黙の中、いつもは見せることのない朗らかな笑顔を浮かべるナコと碧の目が合った。
まさに、蛇に睨まれた蛙である。自分の喉がだんだんと乾いていくのが分かった。
「どうして碧が女子部屋の中にいるのかなぁ?」
満面の笑みのまま、ゆっくりと武器を構えるナコ。飛び出した碧はピクリとも動かない。
「まぁ、とりあえず喰らっとけ?トマホーク!!」
ナコの身長ほどもある石手裏剣――重みは大きさで推して知るべし――が碧に向かって投げられた。
碧はギリギリの軌道で避けた……が、完全には避け損ね、背後の壁に体を叩きつけられる。
――し、死ぬ!こんなのマトモに受けたら間違いなく死ぬ!!
いつもは自分が投げられる側だが、いざ技を受けてみると思った以上の遠心力である。
これで自称「か弱い乙女」なのだから、世の中嘘であふれている。
「……皆さん!お怒りは分かりますが、ここは穏便に枕投げで勝負しましょう!!いいですね!?」
自らの身を守るため、碧は必死でこの場を取り仕切る。
女性陣に異議はないようだ。あれよあれよという間に、枕を用意している。
替わって士気の低い男性陣だが、最小限の被害で済むよう布団でバリケードを作ることは怠らない。
こうして藪をつついて蛇を出した結果、男女別のまくら投げ大会が眠っている人を挟んで行われることになった。
「では、よーい!はじ……」
そして、その場を仕切っているはずの青年は、
合図をする前にフライングで投げられた枕の直撃を頭に受け、そのまま撃沈したという。
★★
犠牲者第一号を廊下に放り出した後、正式に枕投げ大会は開始された。
ルールは相手が再起不能になるまで枕を投げ続けること。無法地帯もあったものではない。
戦局を見るに、やはり押しているのは女子サイドだった。
日頃の戦闘経験で磨かれた弓矢や魔法の技術の命中技術を活かして、的確に男性陣に当てていく。
「
きゃあああああああああ〜!!」
まれに、枕にまじって兎人間こと連が投げられることもあったが。
「ハイ、もう一人撃沈〜♪」
中でもナコは浴衣という動きにくい格好にも関わらず、その腕力から放たれる枕の剛速球で相手を倒していた。
「何でこんな流れになってんだよ…!バカじゃねー……」
一方、男性サイドの中でもやる気のない梶井が、試合放棄して部屋から出ていこうとする時。
ボフッナコの放った枕が、梶井の頭をクリーンヒットした。軽く脳震盪を起こす。
「あはは、梶井委員長もリタイア?」
枕を用意しながら、式村彩がその光景を笑い飛ばした。
「フ…フフフフ……
もうどうにでもなれぇええええ!!!」
その後、枕を手に戦線復帰した梶井は鬼のような勢いで合戦に挑んでいった。
★★
枕投げは、女子の圧倒的勝利に終わった。
元々の士気が違う上に団結力が堅く、烏合の衆であった男性陣とは比べものにならなかった。
倒れた男衆を廊下に放り出して、改めて布団を敷きなおす。
「ニラ子は先に寝るですよ〜。」
そう言ってニラ子は、屍を化していた連を引きずってきた。
「あ、ニラ子ちゃんいいなー。上四万十川さんの抱き枕なんていつ持ち込んだの? 私にも触らせてー♪」
蒼凪零がぬいぐるみと勘違いしたのか、意識を失くした連の耳をむにむにと触る。
ふよふよとした、心地よいさわり心地だった。ほんのり体温が暖かい。
「……あれ? 本物? ……ま、いっか。」
――いいんだ……男の子は駄目なのに。
その微笑ましい光景を目にした彩は思ったが、敢えてそれは口にしなかった。
女子達はきっちりと布団を敷きなおし、皆が顔を合わせる形で布団に入っていく。
「ねぇねぇ、桝廉さんって好きな人いないの?」
零がおもむろに口を開く。普段は内気なこの少女も、女子だけだと大胆になるのだろうか。
一同やはり興味があるらしく、掛け布団を引きずったまま円陣を作った。
「え、えっと……」
「傍目に見てると、結構皆格好良いんだよね、意外と。」
「ニラ子さん、アヤ先生とはどんな感じなの?」
「ち、違います。ニラ子は別に誰が好きとかありませんよー……」
女子だらけの恋話は終わりを知らない。ナコも勿論混ざっていたが、矛先が自分に向くと焦りだした。
「ねぇねぇ、ナコさんと碧君っていっつも一緒だよね〜?」
「あ、あたしと碧?そ、そんな皆が思うような仲じゃないわよ?アイツはタダの……視姦材料だから!!」
なぜか背筋に汗などかきながら、必死に言い逃れするナコ。
『視姦』という言葉が乙女には酷く相応しくない事すらも、彼女の頭から飛んでいるようだ。
「またまたぁ〜」
女の子達はニヨニヨと含み笑いをしながら、そんなナコの様子を眺めている。
「違う違う碧は……」
「委員長二人はやっぱり……」
「アーサーくんはやっぱり受……」
少女達は恋話に花を咲かせながら、お互いに笑いあう。
そんな和やかな空気の中、ただ一人だけ心中穏やかでない者がいた。
『この状況……どうやって抜けだそう……』
意識を取り戻した連だけが、ニラ子と零に抱えられたまま身を強張らせていた。
★★★
一方、碧は男子部屋の布団の中で目を覚ました。
『ああ、枕の直撃くらって倒れていたのか……』
天井を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考える。
豪快ないびきがあちこちから聞こえる所を察するに、最早男子は眠りについたらしい。
自分が意識を失ってから、何時間が経ったのだろう。考えれば考える程意識は冴えてくる。
「僕、ベランダで風にでも当たってこよう。」
上半身を起こし少し伸びをした後、碧は寝ている人間の体を飛び越えつつ、二階のベランダに移動した。
ベランダには先客がいた。意外な先客に、碧は目を丸くする。
「ナコちゃん……なんで起きてるの?」
もう時計は深夜を回っているはずだ。あれだけ日中に動きまわっているのに、疲れたりはしないのだろうか。
ただ黙って空を見つめているナコを眺めながら、碧は不思議に思った。
「別に。眠れないから風に当たっていただけ。」
彼女の答えはそれだけだった。すぅと流れる風が、ナコの黒髪をやさしく撫でる。
「見て!見て、すごい星空よ!まるで降ってきそう……」
言葉に従って、上を見上げる。満天の星空が、彼女たちを迎えてくれた。
吸い込まれるように、無言のまま星を見つめる二人。
宝石箱のような空が、ただ、ただ無限に広がっている。
「星を見る余裕なんて、無かったものね。」
視線は空から外さぬまま、碧が口を開く。
ひやりとした風が、また首筋を通り抜ける。二人きりのロケーションなんて、一体何日ぶりだろう。
――ここで何も言わなかったら、男じゃないだろ?!
ふとそんな言葉が頭をよぎる。確かに男を見せるのは、今以外にないかもしれない。
――言ってしまえ!!
「ナコちゃん、僕ら、どういう関係なんだろうね?最近は忙しくて二人きりになる時間も……」
言いながら碧は、ナコに視線を移した――が、ナコは空でも自分でもなく、ベランダの入り口あたりを見ている。
「あ、知視さん!こっちですよ〜!!天体観測の絶景ポイント!!」
碧の言葉を遮って、ナコはこちらに向かってくる人影に向かって呼びかけた。手をぶんぶん振る。
『ま、現実なんてこんなもんだよね……』一大決心を見事に粉砕された少年は、がっくりと肩を落とす。
「んで、碧、私たちが何って?」
しかも、ナコは話を殆ど聞いていないらしい。
「またいつか話すよ……」
少年が本当の気持ちを伝えられるのはいつの日か。それは神のみぞ知る。
こうして合宿最後の夜は、ほろ苦い想い出を残して更けていった。
to be continued?※皆様、本当にお疲れ様でした!出演してくださった方々、読んでくださった方々全てに感謝の意を込めて、敬意を表します。